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一発逆転を狙える選手になりたいですね。

「Gスピリッツ」の第三号で、3ページにわたって青木篤志選手の特集が組まれていたのですが、その中で目にとまった部分をピックアップします。

試合後のインタビューとかには出てこない素の部分や、今まで語られることが無かったプロレスに入るまでの経緯、そしてプロレスに対しての思いなどが感じられる、よいインタビューなんじゃないかと思います。

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「中でも青木には人間的な部分で新人らしからぬ自己主張の強さが感じられるようになってきた。

秋山準はそんな青木を『まぁ俺のそばに居るから余計にそういうタイプなんだと思われるかもわかんないけど"自分の意見は言え"って言ってるしね。いえるだけ、その部分では自信があるんじゃないの』と分析する。

『ひとつ教えればアイツは何でも自分のものにしていくし。それはこの世界の礼儀作法でもプロレスでもそう。頭がいいんだろうね』と目をかけている。

『俺の知ってる青木と合宿所の青木は違うようだね(笑)。酒飲むと変わるみたいだけど、俺とはそんなに飲まないしね。真面目で礼儀正しいし、俺の前では欠点が見当たらない』というのが秋山の語る青木の人物像。」


「本人に”青木篤志とは?”と直撃してみれば『変な奴じゃないですか(笑)。たぶん、よく知らないうちは僕も猫を被ってるんですけど、変わってると思いますよ』とのこと。」

『理想ですか?僕はジュニアの中でも体が小さいんで。大きい相手とやるときも小さい相手とやるときもそうなんですけど、一発逆転を狙える選手になりたいですね。これというものを必ず一つ持っていて、どれだけやられていても、耐えて耐えてでもいいから、それに何とかつなげて勝てるような・・・。』

『一発逆転と言うのは昔から好きだったんですよ。僕、中学生のときはサッカーをやってたんです。でもサッカーってどうやっても一発逆転ができない競技なんですよね。
どんなに遠くからシュートを打っても一点だし、どんなきれいなシュートを決めても一点。
それがものすごく腹が立って、サッカーをやめたんですよ。
野球とかバスケットもそうですけど、レスリングも複数の点が取れるゲームって必ず大逆転があるじゃないですか。

確かに一点のスポーツでも、だんだん盛り上がっていっての逆転劇はありますよね。でもそれまで負けてたのにいきなり”あっ、勝った”というのは絶対に無いんで。
中学生のときに超世代軍とかテレビで見てて、選手名鑑で三沢社長がレスリングをやってたことを知ったんです。プロレスラーになるためにレスリングは必要なんだなと思って始めたのもありますけど。』

『僕、高校のときはレスリング弱かったんですよ(苦笑)。自衛隊に入ってやっと一人前になったかなと思ったぐらいなんで。自衛隊にも試験を受けて入って、普通の自衛官になろうと思いましたから。
知り合いの人から"レスリングを続けないか?"といわれて、自衛隊の中にある体育学校に入れてもらって。自衛隊体育学校は本田さんや杉浦さんも居たところです。僕がそこに入って、杉浦さんもまだレスリングをやってて、それから四年くらい一緒でした。ずっと真剣にレスリングをやってたんですけど・・・。』

『一度はレスリングばっかりという状況から離れ、自分自身の競技は一切なくして・・・普通の自衛隊の仕事をした後に子どもたちに教えるという生活が続くようになって。子供たちにレスリングを教えるのは凄く楽しかったんですけど、時間がちょっとできてしまったんで、思い直すって言ったらおかしいんですけど・・・。
プロレスをやりたい、やりたいといってたくせにチャレンジしないで終わるのもどうかなっていうのが出てきて、杉浦さんにも相談してたんですよ。』

『本当にプロレスをやろうと思ったのは、青森でノアの試合があって、杉浦さんと話をした直後にたまたま丸藤さんが通りかかって・・・杉浦さんが"ちょっとコイツ、こんなこと言ってるんですけど、どう思います?"って聞いたら、丸藤さんが"とりあえず、じゃぁ入門テストだけでも受けたら?いいじゃん、うちの社長は体が小さいとか気にしない人なんだから、自分でチャレンジしてみたら”っていってくれたのも、かなり後押しになりました。』

『すぐ目の前に30の大台が来るのは分かってたんで、何とかしなきゃっていうのは思ってたんですけど・・・でも、そこはあえて自分の中では気にしないようにしてました。焦ってバタバタしても勢いでいけるようなトシじゃないっていうのは一応、自覚してたんで。
まずデビューするまでは焦らずにキチッと出来ることからって。それまでやって来たことが無駄だと思ってなかったし、むしろレスリングを長く続けて体力があったからこそ入門できたと思うし。』


『僕の場合はレスリングで10年近くやってきたものを使わないと損っていったらおかしいですけど・・・今からまた新しいものを見つけて、となると絶対に今、上に居る人たちよりも時間がかかるんで。その差を埋めるためには培ってきたものをアレンジするしかないなと思ったんです。』

『デビューして一年目の年は、技術なりプロレスの試合とはどういうものなんだというkのを覚える期間だと自分では思ってました。
早く行かなきゃとか考える暇はなかったんですけど、今年に入っていろいろな経験をさせてもらって、ああ、これはもうそろそろ、どんどん自分からアピールしていかないといけないなと思い始めて。
確かにプロレスをやってる時間と言うのは、他の人よりも短いと思うんですよね。必ずベルトは巻きたいと思ってるんで、とにかく経験になるんだったら何でもしたいなというふうに考えが変わってきました。』


『ヨーロッパで過ごした二ヶ月間はすっごい有意義でした。ホームシック?全然ならなかったです。プロレス観が変わった部分はありますね。試合のスタイルが違うというのも改めて感じましたし、同じプロレスでも会場の雰囲気が違うんだなとか。イギリスとドイツでも違うし。
ブーイングに対して、そうじゃないんだよというのをアピールするにはどうしたらいいのかなと思ってやった試合もあったり、どんどんブーイングを引き出してやろうとチャレンジしたときもあったり・・・。日本に居るときは、もう本当に目の前のことだけで目一杯で、次どうしようって必死に追いかけてるところがあったんですけど。いろいろ考えることができましたね。』

『向こうに居る間は日本の情報を取り入れようとは思わなかったんですけど、帰国する前になったら、今どういう風になってるんだろうって気になって・・・。で、リーグ戦があるというのを聞いて、メンバーでロッキーが余ってると。”自分でよければ・・・”という感じで会社に聞いたと思います。
ヨーロッパに行ってて、俺、忘れられてるんじゃねえかなと思ったんですよね。ファンの人たちからすれば、僕みたいな一番下っ端が居なくてもノアマットは普通に動いてるし、自分の中で勝手にそう思ってる部分もあったんで。』

『リーグ戦にでた一番の収穫は・・・リーグ戦にでるまでは、本気になってる先輩たちとあたることってたぶん無かったんで。それを実際にやって、しかも一つのシリーズ中に何試合もできた。本気って言ったらおかしいですけど、みんなそれぐらい気合を入れてたと思いましたし。よく雑誌なんかでも”タイトルマッチ級の試合”とか書いてるじゃないですか。買った負けたよりも、これだけキツイことをやって、その上で勝たなければいけないんだと。自信が付いたとかじゃなくて、やらなきゃいけないことが見つかったというのが大きいです。』

『丸藤さんはKENTAさんとの距離は前から遠いものだと思ってましたけど、だからといってヤバイなというよりも、あの人たちがそこまでやってるってところが見えたんで、追いつくまで頑張らなきゃと。自分の目標が定まった感じですね。丸藤さん、KENTAさんの世代に食い込むよりも、つねに同等でやれるぐらいのレベルまで持っていかないといけないなって。』」


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